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■『君が代』は外国人が作曲した
日本には明治時代になるまで、国歌が存在しませんでした。
ところが、明治2年に、来日したイギリス王子が天皇に謁見する際の、イギリスの国歌と合わせて演奏するために、日本にも国歌が必要になりました。
歌詞は、平安時代の詠み人知らずの古今和歌集の一つの歌を採りました。
作曲は、イギリスの軍楽隊隊長でした。
しかも、急ごしらえのうえ、歌詞を知らなかったものですから、完成した曲の出来は良くありませんでした。
そういういきさつで、宮内省の雅楽課が作曲しなおし、海軍軍学教師のドイツ人が演奏用に編曲したのです。
そういう意味では、和と洋の融合と言えるのではないでしょうか。
ちなみに、現在歌われている君が代は二代目です。
その後、文部省が作った三代目もあったのですが、不評のため不採用になり、現在の君が代が採られたのです。
いずれも明治時代の話なので、100年以上も前の話です。



■「草津(くさつ)」の名前の由来は臭いから
群馬県草津町の草津温泉は、国内において有名な温泉の一つです。
一説にこの温泉地は、奈良時代の高僧の行基(ぎょうき)によって発見されたという、歴史ある温泉です。
この行基は、当時朝廷内でしか布教を禁じられていた中、禁を破って一般民衆にも仏教の教えを広めたことでも知られています。
全国を巡り歩き、草津の地で道に迷うなか、霊気の漂うほうへ進んでその地で祈祷を行うと、万病に効く霊泉が湧いたという伝説があります。
さて、そんな草津温泉ですが、
「草津よいとこ、一度はおいで~……」と唄われるのでも有名ですね。
この地名は、現在では「くさつ」ですが、古来には「くさず」と呼ばれていました。
中世には、「九草津」、「草生津」とも記されました。
その語源は、「臭水(くそうず)」から来ていると考えられています。
温泉街の中心付近にある源泉が、硫化水素の強い臭気からこの呼び方になったと言います。
また、現在の「草津」という字があてられたのは、江戸時代頃とのことです。