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■上野の西郷さんで、妻が口にした一言
今回は、幕末、明治初期の動乱期に明治維新などで活躍した政治家、軍人の西郷隆盛の意外な雑学です。
西郷隆盛は、実は知る人ぞ知る写真嫌いでした。
なんと、明治天皇が写真を望んでも、撮影を拒否したほどだったというエピソードもあります。
現在では、暗殺を恐れて撮影を拒んだという説もあります。
そういうわけで、勝海舟や坂本龍馬たちのように、本人と断定できる写真を残していません。
全体的にふくよかな輪郭をしていて、太い眉に鋭い眼差しとどこか優し気な表情、それがよく知られた肖像画です。
しかし実は、本人をモデルにしたものではなく、弟の西郷従道(さいごうつぐみち)と従兄弟の大山巌(おおやまいわお)の顔を参考に、イタリア人の銅版画家、エドアルド・キヨソネがコンテで写実的に作り上げたものでした。
つまり、想像の産物で創作されたものだったのです。
そうして、1898年の上野公園にある銅像も、高村光雲がキヨソネの絵を参考にして制作されました。
この銅像の除幕式に参列した西郷の妻の糸子が「主人はこげんなお人ではなかった」と呟いたといいます。
そばでこれを聞いた西郷従道が、慌てて注意したというエピソードも残っています。



■おまじないの「ちちんぷいぷい」とは
古くからあるおまじないに、ちちんぷいぷいがあります。
今回は、諸説あるその語源についてです。
乳母の春日局(かすがのつぼね)が、幼少期の徳川家光を鼓舞するために言ったとされる、「智仁武勇は後世の御宝(ちじんぶゆうはごよのおたから)」が変化したとする説があります。
または他にも、昔話の『屁こき爺』に由来するという説もあります。
昔、日本一のオナラができると見栄を張ったおじいさんが、殿様の前で必死にいろんな音色のオナラをして、見事な出来栄えだったのが「ちちんぷいぷい」という音だったといいます。
さらに、これに感心したお殿様が褒美をくれたという言い伝えから、良い事を招くおまじないの言葉になったというのです。